またひとり・・・
ゴールデンウイーク中に
また
訃報の知らせが届いた
(-_-;)
トリネガの戦士
として
このブログでも紹介した方
( `ー´)ノ
偶然にも
私と同じ病院に通っていて
乳腺外科と内科の
主治医が一緒
初めて会った時は
ゼロ―ダの服用中で
2歳の息子がいて
彼女はまだ30代
( ̄д ̄)
その後
治療が終わって復職をし
病気の事は忘れて過ごしたいと
私に言った
(‘ω’)
だが
それから2ヶ月後
( 一一)

検査結果は
右腋窩リンパ節
そして
肺や肝臓にも転移が見つかった
治療は
ハラヴェンを開始した
(-“-)
その後エンハーツに替わり
薬が効いてきて
体調が少し良くなってきたと連絡をくれた
そして
その治療の様子を
このブログに載せてよいと
教えてくれた
(-ω-)/

ところが
今年の2月頃から
エンハーツも効かなくなり
骨転移し
肺や肝臓に腫瘍が増えてきてしまった
そして4月に入り
抗がん剤はやめて緩和ケアに移った
( ゚д゚)
実は
先月8日に
彼女と会ったばかりだった
体調が思わしくなく
咳が止まらない状況だったが
何人かのがん友を見送った私に
最期をみんなどこで過ごしたのか
教えてほしいと言った
(=_=)
私は彼女に
それぞれの状況において
みんな違ったけれど
選べる人もいれば
選ぶことのできない状況の方もいた
と伝えた
(。-_-。)
彼女は自宅で
最期を迎えたいと言った
3歳になった息子が
自分の寝ている側で遊んでいる
そんな何気ない時が嬉しくて
私はこの空間に
いつまでもいたいの
と
淡々と話し始めた
( ̄ー ̄)
転移を告げられた時
「何もしなければ3か月、薬が効けば1年」
そのように言われたそうだ
その時に
いろんな事を覚悟し
息子へ20歳の誕生日まで
毎年渡せるように
メッセージを書いたそうだ
だから
準備期間があってよかった
とも言っていた
( ̄^ ̄)
泣かないつもりで
彼女の話を聞いていたが
娘のような年齢の彼女が
死を前にして
60年も生きた私が生かされている事が
何とも申し訳なく
言葉にならず涙が溢れてきた
(T_T)
帰り際に
彼女を抱きしめて
「また会おうね」
と言った
彼女はうなずいた
なのに・・・
(¬_¬)
一昨日
彼女のLINEから
ご主人が訃報の知らせをくれた
葬儀は家族で行うが
明日お別れ会をするそうだ
彼女からの遺言で
私に来てほしいと・・・
(-_-)
どうか安らかに♰
ご家族の悲しみが癒されますように
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