嬉しいご縁から新な気づき
下の子ども2人が
小学校を通っていた時に
大変お世話になった校長先生がいた
子ども達がお世話になったと言うより
PTAの活動を通して
私がお世話になっていた感じ・・・
(^_^;)
私が廊下を歩いていると
「お茶でも飲んでいきませんか?」
と気軽に声をかけて下さり
喫茶校長室
のような感じで
時々お茶を頂いていた
校長先生は
現場の生の声を聞きたいからと
保護者だけでなく
先生方や生徒達に対しても
「何かあったら、いつでも校長室においで」
と声をかけて
誰にでも優しく対応してくれた
だから
生徒達も校長先生が大好きで
いつも子ども達に囲まれていた
(^ω^)
自分の子どもが卒業して
私もPTA活動を卒業した後
校長先生から
感謝の言葉が書かれた
絵葉書が送られてきた
その絵葉書には
あいだみつおさんの言葉
が書いてあった

校長先生は
私が出会った先生の中で
一番親しみやすく
生徒達に寄り添って下さる
素晴らしい先生だった
(^^)/
他の学校へ転勤となった際も
学校のイベントで偶然出会ったり
定年となった現在も
市の公共施設で働いているので
時々お会いしていた
(*^^*)
でも先日
意外な場所で再会した
なんと
がん研究センター東病院
私が採血で順番待ちをしていた時
お互いに目があって
「えっ!」
となった
ここに来ている人は
がん患者だからね
(-_-)
校長先生は2年前に
前立腺がんを患い手術をし
定期健診で来たらしい
ちょっと会話した後
私の採血の番になってしまったので
その場では名残惜しく別れた
(-“-)
そして昨日
校長先生の現職場に
行く用事があったので顔を出した
校長先生は以前と同じように
喜んで向かい入れてくれて
それぞれの病状の話をした
( ̄д ̄)
校長先生は
先日知り合いが
がんで亡くなったそうだ
そんな事が最近周りで多くあり
次は自分ではないかと
冷や冷やしているらしい
だからちょっと調子が悪いと
再発したかと思ってしまう
そう言っていた
ものすごく気持ちがわかる
私もそうだから・・・
(;’∀’)
それから
校長先生のお母様も
乳がんだったと話してくれた
最初にわかったのは
40歳の頃
タイプはわからないが
乳房とリンパも取ったらしい
そして
その何年か後に
反対側も乳がんとなり
両方摘出となってしまったそうだ
( ゚Д゚)
でも
その後40年も生きて
80歳になった時に
くも膜下出血により
亡くなった
(゜o゜)
その話を聞いて
いくつか気づいた事があった
私は病気になってから
自分の命の期限は5年間
それを超えられたら儲けもの
そんな風に考えていた
(一一”)
でもね
校長先生のお母様の話を聞いて
自分が
生存率の確率に拘っていたんだ
と気づかされた
(-_-;)
トリネガの場合は
5年経てば安心
でも再発する場合は
1年~3年くらいの間
だから
5年頑張れればよい
どこかでそう思っていた
(>_<)
でも
乳がんになったから
がんで死ぬとは限らないし
確率はあくまでも確率
全ての人が
そこに当てはまる訳ではない
だから
命の期限なんて
自分で決めなくていいんだとね
そう気づかせてもらえた
( `ー´)ノ
神様はね
必要な時にいろんな形で
気づきを与えて下さる
校長先生との縁も
とても不思議
これも神様の計らいなのかな?
(´・ω・)?
何かね
肩の荷が下りたよ
背負っているつもりはなかったけれど
どこかで
命の期限までに頑張らなきゃ!
そんな思いがあったのかも・・・
締め切りに追われる人みたいにね
(;^ω^)
だからね
そんな思いは全て委ねて
生かされている限り
自分のやるべき事をやろうっと!
ゆるっとね (*´Д`)

↑ランキングに参加中!ポチッとお願します
こちらもついでにポチッとお願します⇒https://blog.with2.net/link


ウィッグ ボブ ショート 「HEART BEATボブ」 ウイッグ ういっぐ フルウィッグ 送料無料 自然 つけ毛 エクステ ルーズ ふんわり カール メッシュ ピンク 金髪 ぱっつん シースルー 結婚式 ライブ LSRV_P楽天で購入